第35回 高次脳機能障害 <Withコロナ時代に思うこと>

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脳外科医から見た高次脳機能障害 特別寄稿

クリニックいわた医師(脳神経外科)
同志社大学非常勤講師(社会福祉学科)
安井 敏裕

第35回 高次脳機能障害 <Withコロナ時代に思うこと>

2020.12.02

新型コロナウイルスは「真実のウイルス」と呼ばれることがあります。世界のどこで広がっても政治体制や社会、国際機関などの見えていなかった事実をあぶり出してくれるという意味です。私もこのネーミングには同感です。日本においても日々、新聞、テレビ、インターネットなどを通じて社会的弱者と言われる人たちが追い詰められていく状況を見るにつけ、現代日本社会のセーフティーネットの脆弱さ、特に医療・社会保障の枠組みがいかに脆弱かを実感します。また、本来は「被害者」であるはずの新型コロナウイルス患者に対して、「自業自得」と考える日本人が多いという報告にも驚いています。

 私は現在特別養護老人ホームの管理医師もしておりまが、ここでは多くの認知症の方々が入所されています。そして、外出自粛や面会制限など、新型コロナウイルスによる制約がこれら認知症の方々に悪影響を与えている現状を目の当たりにしております。すなわち、人との交流や運動の機会の減少によって認知症の症状が悪化するということです。施設の職員からも、面会ができなくなってから、「声を掛けても反応が鈍くなった」、「ふらつくようになった」、「食事を食べなくなった」、「すぐ怒るようになった」などの症状がみられるという報告を受けることがあります。このような認知症状の悪化は今年2月以降のコロナ拡大下で行われた全国調査でも約4割において認められたとのことです。認知機能障害を有するという意味では高次脳機能障害のある方々にとりましても日中活動が少なくなり、自宅での生活を余儀なくされるという状況は当然好ましくありません。これまでしていた様々な活動や体験ができなくなりますから当然です。ご本人だけではなくご家族の方々も不安を抱いておられることだと思います。最近、「日本高次脳機能障害友の会」からこのような状況下でも家庭できる効果的なリハビリテーションが提案されました。1)生活リズムを作る、2)日中活動を作る、3)家事をするの三点が主な内容です。ただし、注意点としては、ⅰ)昼食を一人で食べることが増えますから薬の飲み忘れに気を付けること、ⅱ)昼寝をしすぎて昼夜逆転しないように気を付けること、ⅲ)疲れや頑張りすぎに気を付けることが挙げられています。

感染予防のためには飛沫感染を避ける目的でソーシャルディスタンス(社会的距離)をとることが重要と言われていますが、これはいわばフィジカルディスタンス(身体的距離)を確保することが大事という意味です。しかし、高次脳機能障害の方々にとりましては「心が密につながっていること」が重要です。そういう意味では、ソーシャルディスタンスはむしろとらない方がよいとも言えます。すなわち、新型コロナウイルスに関しては身体への直接的被害もさることながら、ソーシャルディスタンスを取ることによる間接的被害も考える必要があります。高次脳機能障害を有する方々にとりましては身体活動、文化活動、地域活動などを組み合わせた、いわば「社会的処方」という考え方で対応することが重要と考えます。