第34回 高次脳機能障害 <T2*強調画像、磁化率強調画像(SWI)の利点・欠点>

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脳外科医から見た高次脳機能障害 特別寄稿

クリニックいわた医師(脳神経外科)
同志社大学非常勤講師(社会福祉学科)
安井 敏裕

第34回 高次脳機能障害 <T2*強調画像、磁化率強調画像(SWI)の利点・欠点>

2020.08.18

現在用いられている高次脳機能障害の診断基準(2006年)においては、脳の器質的病変の存在が必須となっています。すなわち、MRI, CT, 脳波などを用いて脳に傷がついていることを証明する必要があります。中でもMRIは大変有力な検査法です。通常はT1強調画像、T2強調画像、FLAIR像という三つの撮像法を行いますが、最近は特殊な撮像法としてT2*強調画像やSWI(磁化率強調画像)という方法も行われる機会が増えています。詳しい説明は避けますが、T2*強調画像もSWIもともに、「磁場の不均一性」に非常に敏感な撮像法です。少しでも磁場を乱すような物質(空気、石灰化、金属など)があると敏感に描出してくれます。とりわけSWIはT2*強調画像よりも鋭敏にこれらの描出が可能です。高次脳機能障害の原因として知られているびまん性軸索損傷に伴う小出血は外傷後の時間経過とともにCTはもちろんのこと、通常の撮像法で行われたMRIでも見えないことがあります。しかし、T2*強調画像やSWIを行うと見えることがあります。理由は赤血球内の中のヘモグロビンというタンパク質には金属、つまり鉄が含まれているからです。赤血球内のヘモグロビンは出血後の時間経過とともに、オキシヘモグロビン→デオキシヘモグロビン→メトヘモグロビン→そして3週間経過するとヘモジデリンへと名前を変えますが、鉄を含んでいることには変わりがありません。T2*強調画像やSWIは金属である鉄を敏感に描出してくれます。

私は40年以上脳神経外科医としてCTやMRIを見てきましたので、患者さん側からだけではなく、保険会社側からも高次脳機能障害の症状を有する患者さんのCTや MRIの読影を頼まれることがあります。そんな中で、T2*強調画像やSWIの特徴を知らないために、誤って、「脳の器質的病変が存在する」と診断してしまっている診断書にしばしば出会います。患者さんにとっては、ようやく「器質的病変」の存在が発見できたと安堵されるかも知れませんが、結局はぬか喜びに終わってしまいますし、保険会社側にとりましても、MRIで異常なしと判断していた症例であるにもかかわらず、「T2*強調画像で出血痕を認める」と記載された診断書が提出されると画像の再検討を行う必要が出てきます。前述しましたように、T2*強調画像やSWIは「磁場の不均一性」に非常に敏感な撮像法で空気、石灰化、金属などの磁場を乱す物質があると敏感に描出できます。言い方を変えますと真の脳病変の傍に空気、石灰化、金属などがあると画像のゆがみ(アーチファクト)が生じて正しく診断できなくなるということです。よく知られたことですが、前頭葉の底部はその直下に存在する骨や副鼻腔内の空気のためにT2*強調画像やSWIではアーチファクトが出ます。そのため、前頭葉底部の脳損傷をT2*強調画像やSWIで診断する場合には非常に気を付ける必要があります。最近実際にあった例ですが、「右前頭葉底部にT2*強調画像で出血痕を認める」という記載がある診断書についての相談を保険会社から受けました。この例では、通常のT1強調画像、T2強調画像、FLAIR像という三つの撮像法のほかに、T2*強調画像、SWIもきちんと行われていました。T2*強調画像では確かに右前頭葉底部に副鼻腔内の空気によるアーチファクトに接してヘモジデリンを示すという黒い線上の像が映っていました。しかし、通常のT1強調画像、T2強調画像、FLAIR像では全く異常がなく、T2*強調画像より鋭敏にヘモジデリンを描出できるSWIでも異常を認めておりませんでした。T2*強調画像とSWIの所見が一致しておらず副鼻腔内の空気のために生じたアーチファクトと診断せざるを得ない症例でした。診断書を書いた医師にT2*強調画像、SWIの読影の能力がもう少しあれば防げた誤診例で、患者さんにも要らぬ期待を持たせてしまうこともなかったと思われます。T2*強調画像、SWIの読影に際して注意が必要であることを再確認した次第です。