第36回 高次脳機能障害 <MTBI 法律家の立場>

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脳外科医から見た高次脳機能障害 特別寄稿

クリニックいわた医師(脳神経外科)
同志社大学非常勤講師(社会福祉学科)
安井 敏裕

第36回 高次脳機能障害 <MTBI 法律家の立場>

2020.12.31

私の知人で長年に渡り高次脳機能障害に取り組んでおられる山口研一郎先生が最近、「見えない脳損傷MTBI」(岩波書店、2020)という本を上梓されました。医学的観点からMTBI(軽度外傷性脳損傷;mild traumatic brain injury)を解説するだけではなく、法律上の観点からも弁護士による補足がされています。MTBIによる高次脳機能障害認定の難しさは私も医師として理解をしておりますが、弁護士の方の現実的な意見に触れて改めて頭が整理されましたので少し書かせていただきます。要約しますと以下の①~④になります。

①自賠責保険というのは、交通事故の被害者救済に向け、「明らかな損害」についてうるさいことをいわずに、簡便に支払うという制度であるが、この「明らかな損害」というところがMTBI救済の足を引っ張っている。

②労災保険では国が支払いをするが、自賠責保険は加害者個人の責任を前提とした賠償責任保険なので、加害者も納得できる「根拠に基づく判断」が求められ、そのことは軽々に無視できない。

③MTBIの判断者は「損害保険料率算出機構(損保料率機構)という非営利の民間の法人である。しかし、この法人は損保会社を会員とする組織であり、理事は損保会社のトップがつとめ、運営経費は自賠責保険料からの納付金でまかなわれる。つまり、一種の「ひもつき」であるとも言える。

④MTBIの認定をされるとは、判断者に対する「説得」の作業であるので、様々な工夫をすることが認定の「確率」を挙げることになる。様々な工夫として以下の(ⅰ)~(ⅳ)が挙げられています。

(ⅰ)判断枠組みに沿うこと:判断者の判断枠組みに合うように事実を整理し構成する。余計なことは書かない。すなわち、頭部外傷や脳卒中があったこと、高次脳機能障害の症状経過が診断書で一貫する形で整理されて書かれていること。

(ⅱ)症状経過が大切:受傷直後か意識が回復してすぐに症状があることが重要で、数ヶ月して出てきたのでは非器質性精神障害と判断される。

(ⅲ)医療記録の充実:現行の保険では診断書や各種医療記録などの「医証」を中心に検討するので、杜撰な診療録では困る。高次脳機能障害に造詣の深い医師を探し出す努力が必須である。

(ⅳ)損害の「ありよう」に注意:医師にとって、いまでも「見過ごされやすい」障害であり、たとえ知能指数が標準範囲であっても、認知機能低下、対人関係拙劣、人格変化などのために社会的行動に問題が生じ、失業や退学になるので行動観察は重要である。すなわち、現時点では、MTBIの認定を得る為には医師の果たす役割が非常に重要であるが、加えて被害者側としても、気を抜かずに漏れの無いように主張し立証していくや、高次脳機能障害に造詣の深い医師を探し出す努力をするなどの覚悟や勤勉さが必要であると言うことになります。MTBI診療の難しさは分かってはいましたが、そのことを再確認しました。