第33回 高次脳機能障害 <未だ周知不十分な行政的高次脳機能障害の存在>

  • 文字サイズ小
  • 文字サイズ中
  • 文字サイズ大
トップページ > 脳外科医から見た高次脳機能障害 > 第33回 高次脳機能障害 <未だ周知不十分な行政的高次脳機能障害の存在>

高次脳機能障害のお悩みお気軽にご相談ください

脳外科医から見た高次脳機能障害 特別寄稿

クリニックいわた医師(脳神経外科)
同志社大学非常勤講師(社会福祉学科)
安井 敏裕

第33回 高次脳機能障害 <未だ周知不十分な行政的高次脳機能障害の存在>

2020.05.07

今日は2020年5月4日(みどりの日)です。新型コロナウイルスによる非常事態宣言が出ており、外出制限が呼びかけられています。新型コロナウイルスの出現でこれまでの多くの常識が覆ってしまい、日本中あるいは世界中の人たちが生き方について考え直していることだと思います。医療の専門家である医師にとりましても未曾有の出来事で、日々もたらされる新型コロナウイルス関連の多くの情報に翻弄されている次第です。日本ではSARS(重症急性呼吸器症候群)、新型インフルエンザなどの流行を経験し、新興感染症に関する法整備は一応できておりました。しかし、新興感染症に対する具体的な備え、特に医療供給体制の確保という視点が欠落していたことを露呈してしまいました。日本医師会としましても現状への対応および次なる備えのために躍起になっているのが現状です。高次脳機能障害のある方々にとりましても、様々な活動の体験や実施が困難となり、自宅での生活を余儀なくされている方も多いのではないでしょうか。自宅での生活を送っていく上では、①生活リズムを作る、②家事などで日中活動をする、③疲れ、頑張りすぎ、昼寝の取り過ぎによる昼夜逆転を防止することなどが重要です。

さて、今回は相変わらず周知が不十分な行政的高次脳機能障害について書かせていただきます。2012年3月7日に、このコラムの<其の1>でも書きましたが、今日、高次脳機能障害といわれているものが、世の中に2種類存在します。一つは「学問的」高次脳機能障害であり、もう一つは「行政的」高次脳機能障害です。「学問的」高次脳機能障害は大変広い概念で、脳科学分野の重要な研究テーマです。研究成果は日進月歩であり、専門家の間でも「学問的」高次脳機能障害の統一した考え方があるとはいえません。「行政的」高次脳機能障害、認知症、発達障害、知的障害などはすべて「学問的」高次脳機能障害に含まれます。すなわち、「行政的」高次脳機能障害は「学問的」高次脳機能障害のほんの一部を捉えた実用性重視の概念であると理解することが重要です。従って、学問的には高次脳機能障害であっても、行政的には高次脳機能障害ではないということがよく起こります。<其の1>は2012年3月7日に書きましたが、当時、<其の1>を書いた理由は、「学問的」高次脳機能障害と「行政的」高次脳機能障害を混同して議論する医師や弁護士が多かったからです。しかし、私の実感としてはこの事情は8年経過した今でもあまり変わっていません。たとえば、医療裁判において提出される様々な意見書や書面の中には、この両者を混同しているために非常に混乱した不毛の議論となってしまっていることがしばしばあります。一例を挙げます。「行政的」高次脳機能障害と診断するためには、CT, MRI, 脳波などで「器質的脳病変」の存在を証明する必要があります。しかし、診断基準においては「器質的脳病変」が脳のどの部位であるかまでは規定されておりません。ところが、実際の裁判例では、意図的に議論を混乱させるためかもしれませんが、「この患者の、この脳部位の損傷では高次脳機能障害は起こらない」などとピントのずれた意見書が今でも出てきます。現在、法曹界、損保会社、マスコミなどでは高次脳機能障害と言えば「行政的」高次脳機能障害をさしていますことだけは確かです。この「行政的」高次脳機能障害の診断基準は平成16年(2004)に出されました。すでに16年経過していますが、この内容がなかなか各方面に周知されません。国土交通省からの要請に答える形で、数年に一度、高次脳機能障害認定システム検討委員会から、「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実を目指した報告書」が出されます。平成23年3月4日の報告書の最後の部分に、「関係各方面への周知」という項目があり、被害者(一般)への周知、医療機関への周知、医師への周知の必要性が述べられています。さらに7年後に出された平成30年5月31日の報告書にも同様に「関連各方面への周知」の重要性がうたわれています。平成30年5月31日の段階でも、「行政的」高次脳機能障害の診断基準が広く知られていない現状があるからだと思われます。しかし、最近の私の実感ですが、高次脳機能障害を正しく理解している弁護士や行政書士の方々が増えていることも確かです。そして、現状では、このような弁護士や行政書士の方々に出会えるかどうかが、高次脳機能障害を持ってしまったご本人、ご家族の生活を大きく左右することは間違いありません。