ダウンロード先 → クリック

第32回 高次脳機能障害 <いつの間にか変わってしまったPET、SPECTに対する評価>

  • 文字サイズ小
  • 文字サイズ中
  • 文字サイズ大
トップページ > 脳外科医から見た高次脳機能障害 > 第32回 高次脳機能障害 <いつの間にか変わってしまったPET、SPECTに対する評価>

高次脳機能障害のお悩みお気軽にご相談ください

脳外科医から見た高次脳機能障害 特別寄稿

クリニックいわた医師(脳神経外科)
同志社大学非常勤講師(社会福祉学科)
安井 敏裕

第32回 高次脳機能障害 <いつの間にか変わってしまったPET、SPECTに対する評価>

2019.06.20

現在用いられている高次脳機能障害の診断基準(2006年)では、脳の器質的病変の存在が必須となっています。すなわち、脳に傷がついていることを、機器を用いた検査で確認できることが必要であるとされています。そして診断基準には、機器としては、「MRI, CT, 脳波など」と書かれています。この診断基準が示された当時には、「MRI, CT, 脳波など」の中にはPETやSPECTという検査も含まれていました。そのことを示す証拠としては「高次脳機能障害ハンドブック」(中島八十一、寺島彰編集、2006、医学書院、東京)という本があります。この本は高次脳機能障害の診断基準の解説本です。著者はこの診断基準の作成に参加された医師ですので内容に重みがあります。この本の中の画像診断の部分の解説には、「機器にはMRI、CT、脳波などと書かれているが、もちろんPETやSPECTであってもかまわない」(原文のまま)とはっきりと書かれています。この記述からは、少なくとも診断基準ができた当時は器質的脳損傷の診断機器としてPET、SPECTも想定されていたことが分かります。2006年以降も脳外科領域において診断技術の向上は目覚ましく、DTI、fMRI、MRスペクトロスコピー、SPECT、PETなどが広く用いられるようになり、これらの検査法を用いた高次脳機能障害の診断に関する研究も多くなされてきました。

しかし、<其の30>、<其の31>でも書きましたが、高次脳機能障害の認定システムの直近の見直し(2018/05/31)においては、これらの新しい診断機器に関して「現在まだ研究段階にあり、これらの検査のみで、器質的損傷の有無、認知・行動面の症状と脳の器質的損傷の因果関係あるいは障害程度を確定的に示すことはできない」(原文のまま)とされております。また、「器質的脳損傷の証明には通常のCTとMRIで十分である」という極端な意見も載せられており、PET、SPECTによる高次脳機能障害の診断価値に対する評価は大きく低下してしまっています。私は脳神経外科医で、CTやMRIを見なれていることから、高次脳機能障害の症状を有する人達のCTや MRIの読影を依頼されることがあります。その際、CTやMRIに異常がなくとも、SPECTという脳血流検査法で異常所見を認めることがあります。しかし、先にも述べましたように現在の認定基準ではSPECTの異常所見は高次脳機能障害の診断に殆ど取り上げられることはありませんので、いささか空しい気持ちで読影所見を書いているのが現状です。2006年の診断基準作成当時には高次脳機能障害の診断機器として認められていたSPECTやPETの価値がなぜこれほど軽視されるようになったのかは、実のところよく分かりません。表題にも書きましたが、「いつの間にか変わってしまったPET、SPECTに対する評価」という気がしています。これらの新しい検査機器(いまではすでにそれ程新しい機器とも言えないですが)が高次脳機能障害の診断に生かされるのには、数年先に行われるであろう次回の高次脳機能障害の認定システムの見直しを待つしかないのかと思うと割り切れない気持ちが残ります。