第29回 脳の器質的脳損傷の存在

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脳外科医から見た高次脳機能障害 特別寄稿

岩田記念診療所医師
大阪市立大学脳神経外科非常勤講師
安井 敏裕

第29回 脳の器質的脳損傷の存在

2018.04.17

我々脳外科医は、行政用語として生まれた高次脳機能障害という表現を使用することには今でも違和感を感じている。自賠責保険における高次脳機能障害認定システムは平成13年に確立されたことになっているが、運用上種々の問題点が明らかとなり、平成15年、19年、23年の3回にわたり見直しが行われ、現在は平成23年度の改定にしたがって認定が行われている。認定基準は平成18年度に発表された基準に従って行われている。この基準で、我々脳外科医がいつも悩まされるのは、「器質的脳損傷」の存在が前提となっているということである。この前提は、厚生労働省労働基準局長による行政通達において、「高次脳機能障害は、脳の器質的病変に基づくものであることから、MRI,CT等によりその存在が認められることが必要となる」とされていることが根拠になっている。実際の臨床の現場では、軽症頭部外傷後の高次脳機能障害(MTBI)のようにCTやMRIで器質的脳損傷を確認できない患者さんもおられる。この点は平成23年度の改定でも解決できず、裁判による解決を待たざるを得ないこともしばしばある。そこで、われわれ脳外科医は高次脳機能障害を示す患者さんの器質的脳損傷を証明するために、CTやMRIの読影を非常に慎重に行っている。

最近経験した例であるが、この器質的脳損傷のMRI上の所見に関して、保険会社側でも混乱が生じているのではないかと思われる例があったので紹介する。すなわち、平成30年においても、最後の改定である平成23年度の画像所見の基準ではなく、平成19年度改定の画像所見基準を適応しているのではないかと思われる反論を書いてくる保険会社があるということである。平成19年度改定の画像所見の項目には、広範囲の脳損傷を来す"「びまん性軸索損傷」の結果である「脳室拡大・脳委縮」の存在の有無を確認する必要がある"と記載されている。ところが、平成23年度改定では、基本的に上記平成19年度の基準に従っているが、加えて"主として脳外傷によるびまん性脳損傷を原因として発症するが、局所性脳損傷(脳挫傷、頭蓋内血腫など)とのかかわりも否定できない"という記載が追加になっている。すなわち、局所脳損傷を示す画像所見を呈する高次脳機能障害の存在を認めているわけである。著者が経験したのは、①頭部打撲の事実があり、②高次脳機能障害の症状を示し、③MRI上、右前頭葉に明らかな脳挫傷の所見があり、④神経心理テストでも高次脳機能障害を認めているにもかかわらず、③が不適切であるとするものであった。すなわち、平成19年度の基準で強調されている"「脳室拡大・脳委縮」の存在"という古い基準を満たしていないという理由で高次脳機能障害の診断を否定する回答をよこす保険会社があるということである。自賠責保険が加害者の損害賠償責任を前提としているため、被害者のみならず加害者にも納得させる「根拠に基づく判断」が求められていることは理解しつつも、冒頭に書いたように、行政用語として生まれた高次脳機能障害という表現やその診断基準のあいまいさに対する我々脳外科医の違和感はいまだにぬぐえないのが現状である。