第27回 ボディビルとブレインビル

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脳外科医から見た高次脳機能障害 特別寄稿

岩田記念診療所医師
大阪市立大学脳神経外科非常勤講師
安井 敏裕

第27回 ボディビルとブレインビル

2017.07.31

「脳と筋肉は使えば使うほどよくなる」と言われています。ちなみに、筋肉を鍛える"ボディビル"(body builder)と同じように脳(ブレイン)を鍛える"ブレインビル"(brain builder)という言葉もあるのではないかと思い、インターネットで調べてみますと、やはりありました。アメリカのあるおもちゃ会社のホームページに、「月齢に合わせた人気の知育おもちゃ"Brain Builders"シリーズ」という宣伝文句が載っていました。効果のほどはわかりませんが、「脳の発育を促すおもちゃ」という発想のようです。

今回は、「脳は使えばよくなる」というのは単なる都市伝説ではなく脳科学上の証拠があることを紹介させて頂きます。おおよそ、以下の①、②、③に要約されます。①「神経細胞の数が増える」。この現象は「神経新生」と言われています。私が担当させて頂いております「脳外科医から見た高次脳機能障害」のシリーズの第2回および第14回でも触れましたように、100年以上にわたって脳科学上の常識とされてきた「脳細胞は分裂しない」というのは、今や間違いです。現在では、脳細胞も分裂することが分かっています。特に記憶を作る部分として有名な海馬(側頭葉内側部)においては脳細胞が分裂して増えることが分かっています。勉強していろいろなことを覚えると海馬で神経細胞の数が増えます。②「脳細胞から脳細胞への伝達効率がよくなる」。この現象は「シナプス効率の強化」と言われています。脳細胞と脳細胞は軸索という電線のようなものでつながっていますが、その電線を伝わる効率が良くなるということです。アメリカ人の神経学者カンデル教授が行った有名な実験で証明されました。ウミウシの一種であるアメフラシという軟体動物が示す「エラ引っ込め反射」を利用した実験です。アメフラシの尻尾さわると反射的にエラを引っ込めますが、何度も尻尾に刺激を加えていると、この「エラ引っ込め反射」の出現のしやすさや持続時間が増えてきますが、カンデル教授は、それが「脳細胞から脳細胞への伝達効率がよくなる」ためであることを証明しました。③「脳細胞同士間に新たなつながりができる」。この現象は「神経回路の新生」と言われます。1985年の日本航空墜落事故で亡くなられた大阪大学の(故)塚原仲晃先生(1933-1985)が、ネコを使った巧妙な実験で脳細胞間をつなぐ新しい神経回路ができることを証明されました。簡単に述べますと、脳細胞Aと脳細胞Cの間に1本、脳細胞Bと脳細胞Cの間に1本の電線があるとします。脳細胞Cは脳細胞Aと脳細胞Bの両方から刺激をもらっている状況です。ここで、脳細胞Bと脳細胞Cの間の電線を切断すると、まるでそれを補うように脳細胞Aから脳細胞Cに向かってニョキニョキと電線が延びて、脳細胞Aと脳細胞Bの間の電線が2本になるという現象です。以上の「神経新生」、「シナプス効率の強化」、「神経回路新生」の三つの機序で、「脳は使えばよくなる」ことが分かっています。しかし、注意しなければならない厳しい事実もあります。すなわち、「脳は筋肉と同じように、使わなければ衰える」ということも分かっています。古来、多くの先人たちが言っているように、「うまず、たゆまず、コツコツ」と努力するしかないと言うことです。我々の脳は素晴らしい働きをしてくれます。そしてその働きを維持するために多くのガソリン(酸素とブドウ糖)を必要とします。そのため、出来るだけ消費するガソリンの量を減らすために、私たちの脳は効率よく働くように出来ています。これは「認知コスト」を最小にするように働くと言う表現をしますが、簡単に言いますと、「我々の脳はサボり癖がある」と言うことです。意識的に努力しないと、どうしても脳は衰えてしまうということになります。