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第24回 軽症頭部外傷と高次脳機能障害

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脳外科医から見た高次脳機能障害 特別寄稿

クリニックいわた医師(脳神経外科)
同志社大学非常勤講師(社会福祉学科)
安井 敏裕

第24回 軽症頭部外傷と高次脳機能障害

2015.08.07

 頭部外傷後の意識障害が軽く、CTやMRI画像に異常がないにもかかわらず、用事を忘れてしまう(記憶障害)、集中力が続かない(注意障害)、やる気が出ない(社会的行動障害)、効率的に仕事ができない(遂行機能障害)などの認知障害を訴える方々がおられます。最近話題になっている軽症頭部外傷(mild traumatic brain injury; mTBI)による高次脳機能障害の問題です。このように画像に異常がない方々の高次脳機能障害の診断書作成を依頼されることがしばしばありますが、なかなかうまくいきません。自賠責保険における高次脳機能障害は、「脳の器質的病変に基づくものであることから、MRI、CTなどによりその存在がみとめられることが必要となる」とい厚生労働省の行政通達がある限りは、「脳の器質的損傷の存在」が前提となるからです。

 平成13年に「自賠責保険における高次脳機能障害認定システム」が確立されました。しかし、そのシステムでは認定されないものが存在するとの理由で、「医学の進歩の動向」および「画像診断の向上」を考慮して、これまで平成15年、平成19年、平成23年の3回の見直しがされてきました。最後の改定である平成23年では、前述した「軽症頭部外傷による高次脳機能障害の可能性」について主に検討されました。その結果、いくつかのことが明らかになりました。①軽症頭部外傷については40通り以上もの様々な定義や重症度分類があり一定していない。②「一過性の神経学的異常や手術を要しない頭蓋内病変などの器質的脳損傷を示唆する状態を含む」という世界保健機構(WHO)の定義は権威もありよく引用されるが、この定義は、「脳の器質的脳損」傷が生じた症状と、これが生じていない症状の双方を含むものであり、我が国のように「脳の器質的損傷の存在」が前提という場合には使いにくい。③軽症頭部外傷による脳損傷はMRIを行っても捉えることが難しい。④軽症頭部外傷による高次脳機能障害はたとえあっても大抵が3カ月から1年で消失する。遷延する場合は、訴訟・補償問題の有無など心理社会的因子の影響が大きいなどの点です。結論としては、「軽症頭部外傷(mTBI)後に1年以上遷延する高次脳機能障害があり,それがWHOの診断基準を満たすものであっても、そのことのみで高次脳機能障害であると評価するのは適切ではないこと」ということになります。すなわち、現在は「軽症頭部外傷(mTBI)後の脳の器質的損傷が発生する可能性を完全には否定しないが、このような事案における高次脳機能障害の判断には、症状の経過、検査所見等を併せて慎重に検討されるべき」という玉虫色の結論となっています。自賠責保険が加害者の損害賠償責任を前提としているため、被害者のみならず加害者も納得させ得る「根拠に基づく判断」が求められるためいたしかたないとも言えます。軽症頭部外傷(mTBI)においても器質的脳損傷の証明が鍵になります。「其の13」でも書きましたが、現在、頭部外傷急性期の画像診断はCTが基本であり、MRI検査は積極的には行われていません。たとえMRI検査が行われても、通常のルーチン撮像法(T1, T2, FLAIR)です。しかし、出血を伴う微細な脳損傷の多くはT2*(T2スター)またはT2*よりも高感度の磁化率強調画像(SWI)でなければ病変を捉えられません。平成23年の見直しの際の検討委員会の報告でも、「CTで所見が見られない患者で、脳損傷が疑われる場合には、受傷早期にMRI(T2, T2*,FLAIR)を撮影することが望まれる」とされています。しかし、この点が、医療の現場であまり強調されていないのは、不思議な気がします。