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第22回 誤りなし学習

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脳外科医から見た高次脳機能障害 特別寄稿

クリニックいわた医師(脳神経外科)
同志社大学非常勤講師(社会福祉学科)
安井 敏裕

第22回 誤りなし学習

2014.09.10

 記憶障害のリハビリテーション(以下、記憶リハ)を高次脳機能障害を有する人たちに行う場合には、健常者と高次脳機能障害者との間の「認知の仕方の違い」に注意する必要があります。記憶リハを行う際に、しばしば話題に上がる「誤りなし学習(errorless learning)」という学習法は、この点を考慮して開発されたものです。この学習法は20年前(1994)に記憶リハに有用な方法として報告されましたが、今では記憶障害だけではなく、失語や問題解決能力など、複数の認知機能のリハビリテーションにおいても有用性が明らかにされており、高次脳機能障害のリハビリテーション一般に共通する「普遍的な原理」と考えられるようになっています。
     
 「誤りなし学習」によって、健忘症の記憶リハを行う場合には、誤りを起こさせないような課題の出し方をします。試行錯誤を繰り返しながら労力を払って徐々に学習していく健常者の場合と異なり、健忘症の患者さんの場合には、効率的に新しい知識を獲得していくためには可能な限り誤りを犯さないやり方が重要であるという考え方です。例えば、日付が分からなくなる人に対して、「今日は何日ですか?」と聞くのではなく、最初から、「今日は○日です」と正しい日付を教えたり、カレンダーを見るように促したりします。また、複雑な作業の手順を覚えてもらう場合にも、作業手順ごとにひとつずつ声かけをしたり、作業手順が書かれたものを見せるなどして、間違わないようにするということです。健忘症の患者さんの場合には、間違えれば間違うほど、その誤りを訂正できず(誤りに引きずられて)、より一層、正解に到達できなくなってしまうということが起こるからです。
      
 しかし、最初から誤りを除いてしまうことだけが記憶障害の患者さんの記憶リハにとって重要なことなのでしょうか。常識的には、ただ受動的に最初から正解が示されているよりも、何らかの形で患者さん自身が自発的に学習に参加する方が学習効果がさらに高められるような気がします。すなわち、患者さんの労力を引き出すように、正解の一部を隠しておくなどの方法です。しかし残念ながら、現実には患者さんにそのような労力を課してしまいますと、かえって誤りを誘発してしまうことが知られています。このようなことから、私自身は全く受動的な方法ではありますが、「誤りなし学習」に勝る方法はないのだと思っておりました。しかし、最近、比較的軽度の健忘症者や軽度の認知症の患者さんにおいては、「誤りなし学習」のみではなく、さらにプラスアルファとして、患者さん自身の何らかの労力をうまく引き出す方が、「誤りを増強させることなく、記憶を高められる」という報告が散見されるようになっています。