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第21回 脳と心

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脳外科医から見た高次脳機能障害 特別寄稿

クリニックいわた医師(脳神経外科)
同志社大学非常勤講師(社会福祉学科)
安井 敏裕

第21回 脳と心

2014.06.12

 最近、ディズニーのアニメ映画「アナと雪の女王」を観る機会がありました。音楽も映像もレベルが高く、私のような60歳を過ぎた男にも十分楽しむことができました。この映画の中に脳外科医の私にとって大変興味深いセリフが二か所ありましたので紹介します。一つ目は、アナがまだ幼い頃、転んで氷で頭を打ち意識不明になった時に、治療を担当した岩の妖精(?)トロールが言うセリフです。「頭だったから良かったものの心だったら治せなかった」というものです。二つ目は、アナが大人になってから、今度は氷が胸元に当たり、それがきっかけでアナの身体全体が凍り始めてしまった時に、やはりトロールが言ったセリフです。「頭なら治せるけれども心に当たったから治せない」と言います。この二か所のセリフを聞いた時に、私は映画を観ながら二つのことを思い出していました。一つは、「脳科学」という言葉です。この言葉は日本で誕生しました。そして、脳(ブレイン)と科学(サイエンス)を合成してブレインサイエンスと英訳され、海外へ逆輸出されました。このブレインサイエンスという言葉は最近では世界的にもかなり使われるようになっていますが、当初は海外ではすぐには受け入れられませんでした。欧米では、心(マインド)と脳(ブレイン)は別のものだと考えられているので、ブレインサイエンスではなく、マインド&ブレインサイエンスとしなければ抵抗感が強かったようです。マインドを入れずにブレインだけだと、一元論者ないしは宗教を否定する者と誤解されてしまうという事情があったということです。前述した「アナと雪の女王」の中のセリフは、「脳と心は違う」というこの欧米式の考え方からは当然のものなのかも知れません。
 
 もう一つ、アニメを観ながら思い出していたのは、繰り返す脳出血のために自らが高次脳機能障害者になった整形外科医の山田規畝子さんが書かれた本の中の言葉です。「脳が壊れて記憶や運動機能や注意力が衰えしまい生活していく上で本当に困ることばかりだけれど、性格や好みや、長年やってきたことの記憶という、"自分"らしさという自意識は驚くほど変わっていません。傷ついた脳の持ち主でも"心"はちゃんとあることを分かった人たちに出会えることは、高次脳機能障害を持つすべての人たちの願いではないかと思えるのです」と書かれていました。すなわち、「脳が壊れても"心"は変わらない」と言っておられるわけです。
 
 高次脳機能障害のリハビリテーションを行うに当たって、患者さんの「心」の問題に配慮することは極めて重要であるとされています。高次脳機能障害は、それまで普通にできていた認知機能や日常生活が突然できなくなってしまう、一種の喪失体験です。そのような自己の状態に対する驚き、否定、怒り、悲しみ、不安などのために、高次脳機能障害を持った患者さんはしばしば抑うつ状態になったり衝動的や攻撃的な態度を取ったりしてしまうことがあります。高次脳機能障害のリハビリは、単に専門スタッフに留まらず、家族やより広い地域社会のなかの人々との共同作業です。高次脳機能障害のリハビリに関わるこれら全ての人々は、患者さんが持っている「心の問題」に常に配慮する必要があります。
 
 なお、映画「アナと雪の女王」では、心を治せるのはトロール(=脳外科医?)ではなく、「真実の愛」しかないとされていました。