第16回 空間認知の障害

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脳外科医から見た高次脳機能障害 特別寄稿

岩田記念診療所医師
大阪市立大学脳神経外科非常勤講師
安井 敏裕

第16回 空間認知の障害

2013.11.15

 高次脳機能障害の症状としては、一般には記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害がよく知られていますが、それ以外にも多くのものがあります。今回は「空間認知の障害」と言われているものについて説明します。

 私たちの脳は目の前のものを「立体的」に見ることが出来ます。たとえば、目の前に四角い箱があると、その箱までの大体の距離(遠近感)やその箱の奥行きなどが理解できます。しかし、頭部外傷の結果、「空間認知障害」が起こると、床においてある子供の玩具をうまく避けられずに踏んでしまったり、家の中の少しの出っ張りに頭をぶつけてしまったり、階段も横線の入った蛇腹に見えたり、トイレでは突き出しているはずの便器が背景の壁と同じ平面に見えたりすることがあります。

 サルは「樹上生活」を得意にしていますが、我々人間の祖先も、もともとは樹上生活をしていました。樹上生活をするためには、枝から枝へ飛び移りながら移動できなければなりません。そして枝から枝へ移動するためには、手を伸ばして、前にある枝を正しくつかむ必要があります。うまくつかまなければ、「サルも木から落ちる」になってしまうわけです。ある枝を三次元的に正しく認識して、それを正しくつかむために、人間を含むサルの仲間の眼には特徴があります。それが「両眼視」です。魚や馬やウサギなどでは、左右の眼は横についています。左右の眼が別々のものを見ますから、広い範囲を見ることができることになります。その結果、死角が少なくなり、敵に襲われる可能性も少なくなります。ところがサルや我々人間では両眼視するために顔を前から見たときに左右の眼は鼻の両側に並んでいます。両眼視になると、視野が狭くなって死角が増えてしまいますが、そのような代償を払ってでも、左右の眼で同じ視野を見て対象までの距離を測定したりして立体感のある像を作ることによって、「サルは木から落ちない」ようになっているわけです。ヒトもこのような立体視のメカニズムを持っています。脳で、この見たものの立体感に関係する場所は、大脳の頭頂葉です。もし、脳挫傷でこの部が傷害されると、立体感の障害(空間認知の障害)が起こり、前述のようないろいろな症状が出てしまいます。認知症になった人も、よくものによくぶつかったり、服が着れなくなったり、お茶を上手く茶碗に注げなくなります。その原因は認知症、特に最も多いアルツハイマー病においては、初期には側頭葉が萎縮し「記憶障害」が出ますが、そのうち、頭頂葉が萎縮して空間の認識が出来なくなるからです。ところで、頭頂葉において、つかむべき枝の位置を正確に測定できても、その指令を手や指の多数の筋肉に伝えてバランスよく動かす為には小脳が重要な役割を果たします。頭頂葉に問題がなくても、もしも小脳が損傷されていると、手を正しい場所に持っていけず、行き過ぎたり、届かなかったりしてしまいます。

 我々の祖先はやがて森を出て広々とした場所で地上生活するようになりました。森林での生活をしたおかげで、馬やウサギと違い、手と足の区別ができました。地上に下りてからは、移動は二本足に任せ、手は枝をつかむのではなく、道具などを自由に使うように発展しました。