岩田記念診療所医師 大阪市立大学脳神経外科非常勤講師 安井敏裕 |
最近、「臨床医が語る認知症の脳科学」と言う本を読みました。著者の岩田先生は東京女子医科大学名誉教授で日本を代表する神経内科医です。この本の中で 岩田先生が困ったことだと嘆いておられる箇所があります。原文のまま引用しますと、「現在(2009年)使用されている介護認定の主治医の意見書の書式に は、短期記憶の障害の有無をチェックする欄がありますが、そこは用語法の間違いです。そこは、短期記憶ではなく近い記憶(近時記憶)の障害の有無が記載さ れるべき欄です。多くの認知症患者では、症状が相当に進行してこないかぎり、正しい意味での短期記憶には障害は生じません。用語法の間違った意見書書式が 用いられているのは、困ったことです。」となっています。確かに私自身の経験でも認知症の方に長谷川式認知症スコアーを行なうと、大抵の場合は直後には 「桜、猫、電車」と言えても、数分後には忘れてしまっています。私は介護認定の主治医意見書を多く書いていますが、認知症の中核症状の欄にある短期記憶の 有無を問う箇所には大抵の場合「有り」にチェックしてきました。
現在、記憶障害には種々の分類法がありますが、過去を回想する時の把持時間に注目すると短い順に、即時記憶、近時記憶、遠隔記憶に分類されます。即時記
憶は数秒~数十分の記憶、近時記憶は数分・数時間~数ヶ月の記憶、遠隔記憶は数年~数十年の記憶と見做されています。一方、心理学用語としては、即時記憶
が短期記憶、近時記憶と遠隔記憶は長期記憶に含まれます(図)。即時記憶すなわち短期記憶は数十秒という目安がありますが、長期記憶に含まれる近時記憶と
遠隔記憶は相対的な対比で論じられることが多く、時間的な明確な定義はないようです。
- 第18回 障害の当事者
- 第17回 認知障害
- 第16回 空間認知の障害
- 第15回 記憶は操作できる!
- 第14回 神経新生
- 第13回 高次脳機能障害の画像所見
- 第12回 高次脳機能障害の主要症状について
- 第11回 学習性無力感
- 第10回 医療機関への周知、医師への啓発
- 第9回 二種類の健忘症
- 第8回 ソーシャルブレインズ(社会脳)
- 第7回 短期記憶と近時記憶
- 第6回 3本目の脚
- 第5回 医療者の知識不足
- 第4回 抗てんかん薬
- 第3回 記憶障害とは忘却障害?
- 第2回 二つの先入観とリハビリテーション
- 第1回 高次脳機能障害をめぐる混乱
- 天使が見える人 - 「神回路(?)」の存在-(脳神経外科速報掲載)