岩田記念診療所医師 大阪市立大学脳神経外科非常勤講師 安井敏裕 |
今年(2011)4月に児童6人が犠牲になった交通事故が栃木県鹿沼市でありました。運転手がテンカン患者さんだったということで、日頃、抗テンカン薬
を投与している者として非常に気になる事件でした。また、7月19日付の朝日新聞には,毎年数十件起こっているテンカン患者さんの事故の原因は不適切な治
療で起きたテンカン発作であると書かれていました。ケイレンを起こす病気としてはテンカンがよく知られていますが、それ以外にも脳腫瘍、脳卒中、頭部外傷
などでも起こります。ここで、テンカンとは「原因不明の、くり返しケイレンを起こす脳の病気」のことをさしています。ケイレンが起こると、意識不明になっ
たり、手足が硬直して動けなくなります。従って、運転中であれば事故になったり、入浴中なら溺れたり、階段昇降中であれば転落して大怪我をする可能性もあ
ります。また、ケイレンは脳にとってはよくない状態で、食事もしないで全力疾走すると体を壊してしまうように、ケイレン中には脳は供給量以上の酸素を消費
するため酸素不足の状態になり、早くケイレンを止めないと、脳が傷害され、知能障害や麻痺などの後遺症を残すことがあります。そこで、我々医師は入院中の
患者さんがケイレンを起こすとすぐに駆けつけて、ケイレンを止め、酸素吸入などで脳の障害を未然に防ぐ処置をします。頭部外傷や脳卒中の場合には、通常は
予防的に約2年間抗ケイレン薬を飲んでいただきます。そして、2年が経過した段階で、抗ケイレン薬を止めてみます。もし、ケイレンが起こらず、且つ脳波も
正常なら安心して抗ケイレン薬を中止します。しかし、もし抗ケイレン薬を止めた後ケイレンが起こったり、脳波上ケイレンを起こしそうな所見を認める場合は
一生涯にわたり抗ケイレン薬を飲んでいただくことになります。
ここで、以前に読んだ「高次脳機能障害者の世界」(山田規畝子著)に書いてあった抗ケイレン薬に関する記載を紹介します。いろいろと書いてありました
が、次の①、②が印象に残っています。すなわち、①高次脳機能障害者は抗ケイレン薬の投与を受けていることが多いにも関わらず、大半の人が抗ケイレン薬に
関する説明を受けていない、②抗ケイレン薬を飲むと、「ずんと重く物事がうまく考えられない頭の状態になり、体全体も疲労感の強い辛い状態になります。こ
の薬さえ無かったら普通の人なのにと思わない日はありません。」の2つです。①に関しては医師側の怠慢で、改めるべきだと反省しています。②に関しては、
過量投与による副作用なのではないかとも思いますが、著者の山田さんは医師ですから、当然過量投与ではなく正しい量を飲んでいてもそのようになるのだと書
いておられるのだと思います。一般に、ケイレンが正しく治療されているという条件はi)ケイレンが起こらない、ii)脳波が正常、iii)抗ケイレン薬の
血中濃度が正常範囲にあるの3つを満たした場合を言います。抗ケイレン薬の投与量は患者さんの体重で決めますが、この目安で投与すると患者さんによっては
過量投与となり、ケイレンの原因となっている異常な脳細胞だけではなく正常な脳細胞の働きまで抑えてしまい、ふらつき、眠気などの副作用が生じることがあ
ります。そこで、採血をして、抗ケイレン薬の血中濃度を測定し、量の微調整をするのが普通です。何気なく投与している抗ケイレン薬ですが、今一度患者さん
に問診して、こんな苦しい思いで飲んでおられる方がいないかどうかを確認する必要があると思いました。
- 第18回 障害の当事者
- 第17回 認知障害
- 第16回 空間認知の障害
- 第15回 記憶は操作できる!
- 第14回 神経新生
- 第13回 高次脳機能障害の画像所見
- 第12回 高次脳機能障害の主要症状について
- 第11回 学習性無力感
- 第10回 医療機関への周知、医師への啓発
- 第9回 二種類の健忘症
- 第8回 ソーシャルブレインズ(社会脳)
- 第7回 短期記憶と近時記憶
- 第6回 3本目の脚
- 第5回 医療者の知識不足
- 第4回 抗てんかん薬
- 第3回 記憶障害とは忘却障害?
- 第2回 二つの先入観とリハビリテーション
- 第1回 高次脳機能障害をめぐる混乱
- 天使が見える人 - 「神回路(?)」の存在-(脳神経外科速報掲載)