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第11回 学習性無力感
脳外科医から見た高次脳機能障害

岩田記念診療所医師
大阪市立大学脳神経外科非常勤講師
安井敏裕

第11回 学習性無力感

私は現在、特別養護老人ホームの管理医師をしております。入所者約200人の平均年齢は87歳で、女性が80%を占めています。このように高齢の方々が多いため、認知症にかかっている方々も多くおられます。認知症とは病名ではなく状態を指します。すなわち、「いろいろな原因で脳細胞が壊れていく病気のために知的能力が低下し、家庭や社会においてそれまで果たせていた役割を全うすることが出来なくなる状態」です。認知症の人たちは、同じことを何度も言ったり、「もの盗られ妄想」を抱くなど、生活をする上で困った症状をいろいろと出しますから、介護者は大変です。認知症の人の介護の基本は「要求の受容と傾聴」と言われていますが、これは介護をする人にとってはかなり難しいことだと思います。すなわち、認知症の人が同じことを何度も言ったり、「もの盗られ妄想」を抱いたりすると介護をする人もついつい感情的になってしまうことがあります。特に家族は特別な訓練を受けた介護のプロではありませんから大変です。ある認知症関連の本を読んでいた時に、「学習性無力感」という言葉に出会いました。それまで私は知らない言葉でした。その本によりますと、「学習性無力感」とは、「何をしても無駄だ」「自分の思い通りにはならないのだ」ということを学習してしまったがゆえに、無力感にとらわれてしまうことをさすそうです。認知症介護の現場では、知らず知らずのうちに介護者が認知症者を「学習性無力感」の状態に陥らせてしまっていると書かれていました。介護者は仕事や、家事や、子育てで忙しくしていますから、認知症の人が同じことを何度も言ったり、しまい忘れや置忘れが目立つと、イライラして話を遮ったり、怒ったり、時には無視したりしてしまうことがあります。しかし、認知症の人には、自分の言動がどう見えているか分かりませんし、悪気もありません。そのため、話を遮られたり怒られたり、無視されたりすると、「自分が否定された」という気持ちだけが残ってしまいます。そして、このようなことが繰り返されると、「何をしても無駄だ」「自分の思い通りにならない」などの「学習性無力感」に陥ってしまうことがあるそうです。「学習性無力感」を証明する、ちょっと切ない気持ちにさせられる動物実験が知られています。三匹の犬を一緒につなぎ、電気ショックを与える実験です。一番目の犬は、電気ショックを感じたら鼻でパネルを押せば電気ショックが止まるようにしてあります。二番目の犬は、一番目の犬がパネルを押せば電気ショックが止まりますが、自分では何をしても止まりません。三番目の犬は電気ショック自体がありません。これを繰り返した後に、犬を一匹ずつ低い仕切りの中へ入れて、電気ショックを与えます。すると、一番目と三番目の犬はすぐに仕切りを飛び越えて逃げ出しますが、二番目の犬はうずくまったまま逃げようとしません。この二番目の犬と同じことが、認知症の人にも起こると言うのです。認知症と同じではありませんが、高次脳機能障害を有する人たちも記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害などのために、日常生活や仕事上でミスをおかしたり、要領が悪いことがあります。このような場合に、周囲の人たちの無理解な言動が原因で「学習性無力感」に陥らせてしまう可能性があるのではないかと思います。

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